通過儀礼(人生儀礼)について

  • 2009.11.11 Wednesday
  • 19:45
  お宮参りや、七五三、還暦など人の成長に応じて行われる儀礼の多くは、神道の習俗としての性格をもっている。

●子どもの誕生と成長を祝う儀式
 
人は人生の節目ごとにこれまでの無事を感謝し、これからの人生もつつがなく過ごせるようにと神に祈る。こうした年齢などの変化にともなう儀礼が通過儀礼人生儀礼と呼ばれているものである。
  まずはじめに行われるのが懐妊5か月目の戌の日に行う着帯の祝い(帯祝い)である。誕生後7日目には命名式のお七夜、次いで産土神に対する氏子入りのあいさつとされる初宮詣、はじめてご飯を食べさせるお喰初め(箸はじめ)と、誕生にかかわる一連の儀礼が続く。いずれもこれまでの無事を感謝し、これからの成長を祈願する儀式である。
  初宮詣はヒアケ、ウブアケなどとも呼ばれ、この忌明けを意味する。男児は32日目、女児は33日目とするところが多いが地方で異なる。
  さらに数え年(近年は満年齢も多い)3歳、5歳、7歳の11月15日には、氏神に参詣して無事の成長を祈る七五三の祝いを行う(男児は3歳と5歳、女児は3歳と7歳)。そして20歳になったら無事に大人の仲間入りができたことを神に奉告する成人式が行われる。

●厄年と年祝い
 
成人後は一定の年齢に達すると厄年の祈祷を受けたり、年祝いが行われる。厄年は男女で年齢が異なる。とりわけ男子の42歳、女性の33歳はそれぞれ「死に」「散々」に通じるという語呂合わせから、災難や病気が身に降りかかりやすい大厄と信じられている。前厄、本厄、後厄には神社に参詣し、厄払いを受ける人が多い。
  年祝いは還暦(61歳)、古希(70歳)、喜寿(77歳)、米寿(88歳)がよく知られており、近親者から祝福を受ける。

新嘗祭について教えてください

  • 2009.11.05 Thursday
  • 22:05
  毎年11月23日には、天皇陛下がその年の新穀を神々に御親供なされる新嘗祭が、宮中・神嘉殿(しんかでん)においておこなわれています。
 古くは干支によっていたため、日が定まっておらず、11月の下の卯の日、三卯まであれば中の卯の日を選んで祭りがおこなわれました。これが明治6年の新暦採用から、毎年11月23日となり、同年の太政官布告( だじょうかんふこく)で紀元節や天長節と共に定められました。
 戦後、この日は「勤労感謝の日」と改称され、勤労を尊び、生産を祝い、国民が互いに感謝しあう日として国民の祝日となりましたが、単なる勤労や生産に対する感謝の日と意味が違うことは、その起源からも明らかなことです。
 新嘗祭のl起源については、『日本書紀』神代巻で天照大御神が「吾が高天原にきこしめす斎庭の稲穂(ゆにわのいなほ)を以って、また吾が児(みこ)にまかせまつるべし」と仰せになり、皇御孫命(すめみまのみこと)の降臨に際して、斎庭の稲穂をお授けになったことに遡ることができます。
 高天原で育てられていた穀物の種が、皇御孫命により初めて葦原中津国(あしはらのなかつくに・日本)でも栽培され、これが我が国における農業の事始めとなりました。
 この御神恩に対する感謝の祭りとして、天皇陛下(皇御孫命)御自ら、五穀豊穣を神々に奉告されるのが新嘗祭であり、これに倣って全国の神社においても新嘗祭が執りおこなわれているのです。

         『 神道いろは ‐神社とまつりの基礎知識‐ 』 神社新報社発行 より引用

お賽銭について

  • 2009.10.26 Monday
  • 14:45
 お賽銭は、もとは祈願成就のお礼参りの際に、「奉賽」として神仏に奉った金銭のことを言いました。それが転じて、しだいに参拝のときに奉る「幣帛」(神に奉献するもので、原義は衣料を指した)の代わりとしての金銭を意味するようになっていった。要するに、お賽銭とは供え物の一種なのである。

 お賽銭に関して、古くは稲米を奉納したことが多く、「お初穂料」とも呼ばれる。

 実際、金銭が流通する以前は、参拝者は米を神前に撒いたり、洗米を紙に包んで奉っていた。今でもその名残として、米の代わりに金銭を紙に包んで賽銭箱に入れる人もいるが、これは金銭を不浄として扱っているわけではない。

 また、お賽銭を投げ入れることは、自分の罪穢れや災厄を託して祓い除いてほしいという意味も込められている。


 賽銭箱の上にはよくが吊るされている。これには長い緒が付いていて、拝礼するときにはその緒を引いて鈴を鳴らすが、こうするようになった由来については、一説によると古来から鈴には魔除の霊力があるとされ、それが転じて、神事のときに鈴を鳴らすようになったという。鈴の音に込められた神霊の力で自分の罪穢れを祓い清める。「鈴祓え」とも呼ぶのはそのためである。

 また、巫女が神楽舞を舞うときに、手に持って鳴らす神楽鈴の音には神を招来する役割があったとされる。

 つまり、神前で鳴らす鈴も、この神楽鈴に由来しており、拝礼にあたって、鈴の清らかな音色で、これから祈願を申し上げますという、一種の合図のような役割をも果たしているのである。

神社の名称について

  • 2009.10.20 Tuesday
  • 20:37
お近くの氏神様や誰でも知っている大きなお社でもいいですが、神社の名称について○○神社や○○宮、○○社などがあります。しかしそれだけではなく○○神宮とか○○大社など名称もいろいろあります。これら神社、神宮、宮、社、大社などを社号といいますが、これについて説明したいと思います。


その前にまず知っていただきたいのですが、単に「神宮」という場合、これは伊勢神宮のことを指します。むしろ「神宮」が正式名称で、伊勢の神宮ですから伊勢神宮と単に呼ばれているに過ぎません。

神宮とは
神宮とは、皇祖(皇室の祖先神)や皇室に深く係わるものや天皇をお祀りしている特定の神社の社号です。
 例) 明治神宮(御祭神 明治天皇)、香取神宮(経津主命)、鹿島神宮(武甕槌命)、熱田神宮(草薙剣)、北海道神宮(御祭神 明治天皇)、平安神宮(桓武天皇)など

神社とは
これに対し「神社」とは、その略称である「社」は一般の神社に対する社号として使われます。

宮とは
「宮」は現在では広く一般に使われていますが、もともとは天皇や皇族をお祀りしている、あるいは古くから由緒がある神社に対する社号です。

大社とは
もともと大社とは出雲大社を指す社号でしたが、現在ではもう少し広く使われ同名、同一の御祭神が多い場合にその根本である神社の社号として使われています。
例) 伏見稲荷大社、多賀大社、住吉大社、松尾大社、日吉大社、春日大社など

この他社号とは異なりますが、「大明神」や「明神」(御神威が明らかな神様の意)など社号のように使われる例もうあります。

狛犬と眷族

  • 2009.10.15 Thursday
  • 20:58

 神社の参道の両側には、狛犬が一対置かれている。本来は建物に尻を向け正面を睨んで侵入者を威圧・排除していたが、参道を挟んで向かい合うものもある。狛犬は魔除けの役割を担っており、邪なものの侵入を防ぐために置かれている。
 
 狛犬の原形は、オリエントのライオン像である。これがシルクロードを経て中国に渡ると、彼方からやって来た「魔除けの霊獣」とされた。中国に渡ったライオンは、ほどなく朝鮮へわたって高麗犬となり、日本に渡来した。
 
 日本では異形の犬ということから、「狛犬」と呼ばれ、神社の参道の両側に置かれることになったのである。
 
 さらに狛犬は仏教の影響を受け、口が開いたもの(阿)、閉じたもの(吽)といった二対の差別化が生まれた。
 
 「魔除けの霊獣」狛犬同様、神社には稲荷の狐など、一対の動物を見かけることが多い。これらは神の使いとされ「眷属」と称される。熊野大社のカラス、日吉大社のサル、天満宮のウシ、八幡宮のハト、春日大社のシカ、松尾大社のカメ、愛宕神社のイノシシ、三峯神社のオオカミなどが眷属としてよく知られる。

七五三について教えてください

  • 2009.10.08 Thursday
  • 17:08
きらきら七五三について教えてください

千歳飴  
 この時期になると神社や写真館では、ハートかわいいハート晴れ着の子どもたちをよく見かけますおはな

 七五三参りは、11月15日神社に参詣し、”キラキラ神様に今まで無事に過ごしてきたことに感謝し、今後も健やかに成長することキラキラ”を祈るお願いものです。
 この行事は古くより、子供の成長を社会的に認知するためにおこなわれてきた通過儀礼が起源で矢印
 heart三歳 髪置(かみおき) 男女共 … 頭髪を伸ばし始めること
 heart五歳 袴着(はかまぎ) 男子  … 初めて袴を着用すること
 heart七歳 帯解(おびとき)  女子  … 幼児用の紐を解き、大人と同じ帯を用いること
                                          を表しています。
 7・5・3という歳の数については、縁起のよい陽数であることに結びついたものだそうで、また11月15日の日取りについては、天和元年(1681)のこの日に、五代将軍徳川綱吉の子息徳松の髪置祝いがおこなわれたことを前例にするとも伝えられ、暦学の上でも吉日に当るそうです。
 神社への参詣は江戸時代にもおこなわれましたが、明治以降はさらに盛んにおこなわれました。これは子供が七歳のお祝いで氏神様に参詣したとき、神社から氏子札が渡され、正式に氏子の仲間入りができるようになったことからです。よく「七つまでは神の子」といいますが、この時から一人前の人格として扱われるようになったのです。
 江戸時代中頃から商業の発達による影響もあり、都市部において現在のような華やかな風習となりました。

 きらきら親が子供の成長を願う気持ちきらきらこれからも大切にしていきたい七五三ですねちゅん

注連縄について

  • 2009.10.02 Friday
  • 14:09
注連縄とは、神社の神殿や鳥居、ご神木、または神域や祭場などの周辺に張り巡らす縄のことで、注連縄を張ることにより、その内が神聖、清浄な状態にあることを示しています。これに垂らす紙垂(しで)も同様に神聖、清浄であることを示しているのです。

注連縄は、「〆縄」「七五三縄」や「標縄」または「締縄」など読みは同じでも、多くの表記があります。

注連縄は、藁をなって作るのですが、一般の縄と区別するために、特に縄目を左ないにします。 家庭の神棚によく用いられる注連縄は、大根注連(だいこんじめ)や牛蒡注連(ごぼうじめ)と呼ばれ、一方(元)が太く一方(末)が細いもので、これを神棚に掛ける場合、一般的には元を向かって右に、末を左にします。
 
注連縄の種類 

注連縄を目にするのは、神社の境内においてですが、大相撲の土俵入りの際に、横綱が紙垂を垂らした廻(まわし)を締めているのを見かけます。これは四股(しこ)を踏む横綱が、邪気を鎮めると考えられてきたためです。 このように注連縄は、神事に関わる場所において邪気や災禍を避けるために用いられてきました。

神棚はどのようなところに祀ればよいでしょうか?

  • 2009.09.18 Friday
  • 20:56
神棚はお札を納めるので、家の中でも清らかな、家族がいつもいるような所がふさわしいと
されています。北側の壁、南向き、東向きが良いです。
二階のある家では、なるべく人が上を歩かないところに祀るべきでしょう。
もしもそのような場所であれば、神棚の上の天井に「天」とか「雲」を書いた紙を貼ることも良いです。
お札は神聖なものなので、粗末に扱わないように、正月に古いお札を神社へ納めて新しい
お札を受けまましょう。

玉串を捧げる時の作法について

  • 2009.09.18 Friday
  • 20:48
玉串(たまぐし)とは神事において参拝者や神職が神前に捧げる、紙垂(しで)や木綿(ゆう)をつけた榊の枝をいいます。地方によっては杉、樅、樫の枝などを用いることもあります。
そして玉串を神前に捧げて拝礼することを玉串奉奠(たまぐしほうでん)といいます

玉串を神職より受ける時は、小揖(軽く会釈)し、枝の本を右手で上から、末を左手で下から支え拝する位置の3歩前で小揖、3歩進んで深揖、玉串を案の上に供えます。
作法は、葉先を前方に向け、左手を下げて本を持ち、右手を離し、葉先を右に回しながら右手で玉串の裏から持ち、左手を添え、本を神前に向けて置き、続いて二拝二拍手一拝します。下の動画で確認してみてください。




神社に参拝するときはどのような作法をしたらいいですか?

  • 2009.09.18 Friday
  • 20:22
すべては二拝二拍手一拝を原則とします。
まず手水舎で手を洗い、口をすすいでから神前に向います。
一般に参拝する場合は神前で軽く会釈し、続いて最敬礼を二度、両手を
胸の前で合わせ、右手を少し引いて二度打ち合わせ、もう一度最敬礼をします。
普通は賽銭を上げ、鈴を鳴らして自分の祈りが神様に通じるように拝めばよいです。

手水の作法は下の動画をご覧下さい。


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